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「社会からの疎外に如何に向き合うか」、『人間はどこまで家畜か』 熊代亨 著

 

1.「自己家畜化」とは?

 本書は、人間という種族のこれまでとこれからを「自己家畜化」というキーワードをもとに考察している。

 著者は、ブロガーであり精神科医でもある熊代亨さん。

「家畜」とは、人間が目的を持って飼育&管理している動物たちのことだ。そして、野生の状態から動物を切り離して人間の管理下で遺伝的にも切り離していく過程を「家畜化」という。

 この「家畜」という言葉には、ネガティブなニュアンスも含まれていて、飼い慣らされて主体性や自律性を失っている状態の例えとして使われもする。その派生とも言える「社畜」という言葉からもそのニュアンスは伝わってくるだろう。

 だが、「家畜化」はただネガティブな側面ばかりではない。なぜなら、生存のスタイルがまったく違うもの同士が穏やかに共存することを可能にする過程でもあるからだ。
 つまり、動物が人間社会のなかで「家畜化」するとは、たとえ主導権が人間側にあるとしても、上手くその社会に溶け込むための変化でもある、ともいえる。

 では本書で問われている「自己家畜化」、つまり「人間が人間自身を家畜化していく」、とはどういうことだろう。この場合、主体は人間社会であり、「家畜化」していくのは我々個々の人間、ということになる。

2. 「生物学的変化」と「文化的な変化」

 人間の「自己家畜化」の特徴は、「生物学的な変化」と「文化的な変化」という2種類の変化が存在することにある。そして近年、ITの発展もあって文化的な変化のスピードがどんどん速くなっているのだ。

 その結果、この2つの変化の間に大きなズレが生じている。

 そうなってくれば、現代の人間社会の急激な変化についていけなくなる人たちが出てくるのは必然だろう。そして、うまく社会に適応できないがためにメンタルクリニックに通う必要がある人たちも生まれてくることも想像に難くない。

3. 人間の適応力を凌駕する変化スピード

 本書のタイトル『人間はどこまで家畜か』をみた時、一番最初に思い浮かんだのは、スイスの生物学者であるアドルフ・ポルトマンの著書『人間はどこまで動物か』だった。

 ポルトマンは「生理的早産」をキーワードにして、人間が他の動物とは異なっている理由を考察している。その理由とは、他の動物よりも早産であること。そのことによって人間の特殊性が形成された、というのだ。
 つまり、人間は早産することによってさまざまな環境に柔軟に適応することができた動物であり、その点において他の動物とは異なる、と考えるのである。

 しかし現在、「生理的早産」による環境への適応力を越えてしまうほど、人間社会の文化的な変化スピードが速くなっている。

 つまり本書の内容は、ポルトマンの議論の延長線上に置くこともできるだろう。

4. 人間社会からの「疎外」に如何に向き合うか

「自己家畜化」には、恩恵と疎外、その両方が含まれているというのが著者の見解だ。

 その疎外の部分を如何にして軽減していくのか、ということが現在の人間社会が直面する課題のひとつなのだろう。

 本書は、精神科医という現場に携わる著者だからこその説得力ある内容となっている。